日本は介護をやり過ぎている

利用者として職員として
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介護大国、日本

寒さが続きますが体調は大丈夫でしょうか。
寒さ厳しいと、自分がいつ倒れるのか心配になります。
皆さんは、自分が動けなくなった時のことを想像できますか?

私は、高齢者介護の現場しか知らないため、高齢者介護業界のお話をします。
今回のお話は、親を施設に預けている人には嫌悪感があると思います。
ですが、現場の職員は、私と同じ思いの人が多いです。
もちろん、それで仕事を疎かにするはずはありません。
みんな、ギリギリで耐えて、介護の仕事にプライドを持っています。

だから思う。
この介護、やり過ぎじゃない?」と。

特に私は、自分の親の介護を一人で11年続けている「利用者の家族」であり、
「現役で現場で働く職員」であるので、余計に切に思っているのです。
自分が自分の意志で動けなくなったら、
どれくらい生きていたいかと。

「その介護では、〇ぬに〇ねないんでは?」と。

自分がもし最期を迎える時は

基本的に人の世話になるのなら最短期間がいい。

入浴。
風呂の湯は適度にきれいなら毎回一人ずつ、
大きな大きな浴槽のお湯を変えてくれなくていい。
湯がもったいない。
いつもシャワーだったから、むしろシャワーでいい。
寝たきりになったら、風呂も週1回くらいでいい。
でも、セクハラするのは絶対にやめて欲しい。

食事。
食事は食べられなかったら、食べられるだけでいい。
食べられなくなったら、無理やり口に入れないで欲しい。
人体の構造として入れたら出るんだから。
出たら処理する人が必要になるんだから。
おやつも基本いらない。
経管栄養はやらなくていい。
命を繋ぐための点滴は要らない。

空調。
冷暖房が施設に多すぎる。
湯舟もしかり、大量に出る湿ったパットもしかり、温暖化のご時勢を無視している。
病院の大部屋程度にプライバシーが守られているなら大部屋でいい。

薬。
目薬とか塗り薬や内服薬とか、もういらんねん。
歯医者は時々来て欲しいけど。
人に迷惑をかけない程度の最低限にして欲しい。
必要以上にやらないでほしい。


書いていて、これらも贅沢な要望だと思ってきましたが、
人によって「ある程度」や「いい塩梅」が違うから、だったら多くやっておこう、
というのが日本の大半の介護施設の実態だと思います。
クレームいう家族も多く、本人からも要望があればやらざるを得ないのかも。

冷静になってよく考えてみて。

それ、本当に必要ですか?

私はとにかく、介護を受けるなら最低限でいい。
弱っていくならそれでいい。
一番大事なのは、人間として尊厳を守って死ぬこと。

私は今、2箇所の施設で働き始めましたが、
どちらもとてもシンプルな介護をしています。
そして、そこにはとても穏やかな時間が流れています。
短期間でお世話になった看取りケア専門の施設もそうでした。

お年寄りは枯れて弱っていきます。
それが自然の摂理です。

過剰介護のせいで人手不足。
それは大いにあると思います。

家族は「できないから他人にお願いする」と自覚して欲しい

以前ひろゆきさんが、
「日本人に、ある一定期間、介護を義務化したらどうか」という
と言って物議をよんでいました。
賛否あっても、私は賛成です。

「自分が体験して、人を介護することがどういうものかを知る」
これが、日本人の介護に対する適切な感覚を養うと思うのです。
ひいては過剰介護をなくすことに繋がります。

家庭科や美術のカリキュラムや会社の研修と一緒。
使わないかもしれないけれど、基本として知っておく体験しておく。
それで人生や仕事に取り組む上での質量が大きくなるし、感情も豊かになる。
余談ですが、同様に日本人はお金の知識も学んだ方がいいと思います。

この超高齢化社会では、介護はあなた自身の問題です。
お金さえ払えば誰にやらせてもいい、仕方がない、なんて思っていませんか。
私のように何もかも捨てて親を介護しろとは言いません。
でも、日本人の、特に働き盛りの世代はあまりにも介護に対して無知だし、
知らなさすぎるし、全員が誰かがなんとかしてくれると思っている。

その「誰か」って誰ですか?

だから変な議論が巻き起こるし、不必要な暗い気持ちを抱くし、
現場に自分の理想の介護を押し付けてくる。
一旦施設に入れれば、職員が家族の代わりをしてくれると思っている。

何言ってんだ。
介護施設は自宅ではありません。
預けても一緒に「介護実務に手を出し」て、一緒に「いい塩梅を考える」んです。
安い給料で家族の代わりをしてくれる職員は、この世界にはいません。
上司だけが賞与を受け取って、現場はカットされている施設があります。
処遇改善手当の分配も闇の中に消えていく施設は多いです。

まず、ご自分のことはご自身で解決しようとしてください。
よく、一人で抱え込まないで、と言います。
それは、一人っきりですべて抱え込む優しい人達への言葉で、
わからないし仕事があるからと、一瞬でさえ抱え込まずに、
人に難題を投げつける人への言葉ではありません。

自分一人では何もできないと知った上で、
謙虚な姿勢でお金を払って力を貸してもらってください。

それが介護現場で働く職員、特に日本人職員を守ります。
ひいては、介護の質が保たれます。

世界でも稀な介護のやりかた

ちょっと話がそれますが、
今は、10~20代の若者の方が、介護が上手です。
何故なら、彼らは介護を必要とする人が「存在する」ことがちゃんとわかっていて、
自分が第三者の「関わりの範囲」で「仕事」としてやろうとするから。
いい意味で他人事というか、要介護者の孫・ひ孫世代として、
「ビジネス」でやっているからです。

過剰に介護をやりすぎないし、自分が家族としても過剰に要求をしない。
そういう感覚は宝物です。
そういった姿勢のほうが、逆に要介護者の心をつかむ。
とてもシンプル。

私たちは、介護をややこしいものとして考え過ぎています。
世界的に見ても、こんなに高齢者にお金を掛ける国はありません。

今まで戦後の日本を支えるべく働いてきたから介護を受けるのは当たり前、という高齢者さん。
自分が若くてケアをする立場にいたら、今の自分の面倒をみられますか?

親が死ぬのは悲しいから、どんな形でも生きていて欲しい、というご家族さん。
お金さえ払えば誰がみても文句はないのですね?
あなたのような考え方が、介護の現場を追い詰めています。
まずは、ご自身で一度みっちり介護なさってみてはいかがですか?
せめて、面会に来た時間内では、ご自身でおむつ交換をしてください。
自分が棒立ちして横から職員に文句を言うなら、ご自身でなさってください。
私たちは召使いではありません。

世界的に見ても、こんなに過剰な介護体制を敷いている国はありません。
大概、どこの国も枯れるように死んでいく。
枯れていくのを見守っている。
本人もそれが自然だと思っている
それはそれで辛いことだけど、それが生き物の摂理ではないでしょうか。

私は、愛国心はありませんし、まして日本を変えられません。
ただ、若い世代のみなさんに希望を多く持ってもらいたい。
負担は減していきたい。
そうして費用が浮いたら、若い世代の難病や貧困を解決するために使って欲しい。
自分が経験した苦痛を後世に残したくない。

でも、100歳を超えても元気で大暴れが過ぎる人もいた。
そんな人にはどうケアで関わっていけばいいんだろうか。
課題は多いことはわかっています。

だからこそ、あえて言いたい。
その介護、本当に必要ですか。

私も含めて、自分の死に際をきちんと考える。
それだけが私たちにできることだと思ってやみません。




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