介護大国、日本
寒さ厳しいと、自分がいつ倒れるのか心配になります。
皆さんは、自分が動けなくなった時のことを想像できますか?
今回は、親を施設に預けている人には嫌悪感があると思います。
ですが、現場の介護職員も私と同じ思いの人が少なくありません。
もちろん、それで仕事を疎かにするはずはありません。
みんな、ギリギリで耐えて、介護の仕事にプライドを持っています。
だからこそ思う。
「この介護、やり過ぎじゃない?」と。
自分で意思表示をしよう 適度な介護を受けるためのリスト
自分がこの先介護が必要になったら、
介護してもらう期間は最短がいいです。
できればそっとしておいて欲しい。
毎日毎日励まされたり、知らない人がひっきりなしに来て介助したり、
そんな状態はいらない。
かと言って、誰も何もしてくれないと、
衛生的にも心理的にも厳しいのが現実。
自分の意志を明確にしておかないと、自分の希望は尊重されません。
どんな状態でも生きていて欲しい家族が原因だったり、
施設のシステムが過剰だったり。
どこまで何をやって欲しいかを明確にしておく。
例えば保険証の裏側にある「臓器提供意思表示欄」のような、
「介護を受ける際の意思表示リスト」を作って、
自分が望まない過剰介護を回避する。
元気な時に、自分の希望を書面に残しておく。
介護を受ける予算や入所したい施設の種類。
延命は希望するか。
食事量の希望、好きな飲み物、快適な衣類の素材。
お風呂の入り方、好きな歯磨き粉。
好きな音楽。
介護職はこういった事をメモ書で用意している人が多いです。
自分の望む程度に近い介護を受けるため。
必要以上に干渉されないため。
是非おすすめです。
私が介護職として現場でやり過ぎを感じること
仕事として、施設で決められたことは、
要介護者さんに安心してもらえるようベストを尽くします。
そういった状況で、
「ご本人の体調に医療的に問題がなければ、減らしてもいい」と、
現場でも声が上がることがあります。
以下は、私個人が強く思っていることです。
不快に感じたり、それは必要だと思うこともあると思いますが、
ご容赦ください。
入浴:
・湯舟は毎回一人ずつ入れ替える必要があるのか
多くの施設は、ごみをすくって追い炊きや追加湯で対応していますが、
施設によっては機械浴の大きな湯舟を3分浸かっただけで全部取り替えます。
汚物で汚れた時ではありません。毎回全取り換えが全員に行われています。
・普段シャワー浴だったかを聞きてほしい
聞けないことも多いですが、普段からシャワーだった人もいると思います。
時々湯舟にしてシャワーの日があっていいと思うのです。
・湯舟は週1回でもいいのでは。
清拭で対応できる場合も、わざわざ湯舟に入れている施設もあります。
食事:
・食事は食べられなかったら、食べられるだけでいい。
ずっと施設にいると、食べたくない日も多いです。
栄養不足にならなければ、一食スキップできてもいいと思います。
・全量食べさせようとする。
施設や職員によっては、大きな声で「食べましょうか!」と
全介助にの人にまで全量食べさせる。やめてあげて。
・無理やり口に入れる。
上と同義ですが、無理に口に入れる場面があります。
せめて入れる量を少なくして、様子を見てあげて欲しい。
・経管栄養や点滴継続の見極め
これは非常に難しい問題ですが、ご本人の意思確認が取れない
から続けているように見えるケースもある。
私は医師ではないので、わからないけれど、その状態は
果たしてご本人が元気ならどう思うのかと疑問に感じる時があります。
空調:
・不必要な時間帯はOFFでいい。
ユニットが主流の昨今、施設内の空調の数の多さに驚きます。
各部屋、廊下、食堂。すべてに空調設備。
日中はフロアにいてもらって他はOFFでよいかと思います。
薬:
・目薬、塗り薬、内服薬、本当にそれ必要?
「乾燥するから」と目薬。「痒いから」と保湿剤。
在宅の患者にも出しますか?
医師によって違いが明確。医療費は負担ゼロの人が多いからと多すぎる処方。
日本の未来のために医療費を残してください。
介護職の負担が減る 過剰から適度へ変換したい
これらのことは、大きなことではないけれど、
細かな削減が介護職の仕事を減らします。
要介護者の尊厳を奪ってまで介護を削れ、とは違います。
私だって介護職として、要介護者にできる限り快適でいて欲しいです。
施設によっては、他と差別化するために過剰なサービスをシステム化して、
職員もそれを「心ある良い介護」として働く人もいます。
でも、介護は介護保険で成り立っています。
手厚いサービスを受けたいのなら自費で受けたらいいと思います。
とても良い施設にいるのに、細かく自己中心的な要望を言う家族は、
自分の家に連れて帰って自分で介護なさったらいいと思います。
一番大事なのは、人間として尊厳を守って、
命の火が弱まっていくのを見守ること。
高齢者は枯れて弱っていきます。
それが自然の摂理です。
そこに寄り添う介護職が、必要以上に圧迫されるような過剰介護は、
弱っていくことが悪だと、
暗にそう言っているようなものだと思います。
介護職自身も、常に頭で考えながら働くことが求められていると思います。
ただ、「過剰だ」と訴えても、会社に却下されることが多いのは言うまでもありません。
枯れていくことに寄り添う勇気を持とう
私は以前、葬祭の仕事をしていました。
以前より希薄にはなっていますが、
日本人は死を口にしたり、
受け入れたりすることに強くタブーを感じる人が多いです。
そういった文化が、「死なないで」という思いを強くし、
過剰なまでの介護を希望し実施する背景にある気がします。
世界的に見ても、こんなに過剰な介護体制を敷いている国はありません。
大概、どこの国も枯れるように死んでいく。
枯れていくのを見守っている。
ケアだと言って沢山のアクションを起こすよりも、
弱っていくことにただ寄り添うことの方が本当は辛いです。
長く一緒にいたい思いは痛いほどわかります。
でも、勇気をもって自然に任せること。
シンプルな介護を希望すること。提供すること。
これらは今まさに私達に必要なことなのではないでしょうか。



